女性起業家を応援するヒューマンネットワーク新聞マガジン「わんからっとL」

わんからっとL 71号

2013/11

<夫婦で起業>(株)大丸トレーディング

平成2年設立。貿易業から始まり不動産業・建設業まで(不動産の購入、売却、買取、賃貸の他、家具付マンスリーマンション管理など)。また仙台市の新築建売住宅をお探しのお客様のお手伝いをして、新築マイホームの購入までする『マイホームおトク購入クラブ』を運営。うれしい特典付。スタッフは宅建主任者2名、住宅ローンアドバイザー2名、2級建築士1名。



●大丸 和夫さん 代表取締役
──私は平成2年、37歳の時に建設機械貿易商社として、(株)大丸トレーディングを立ち上げました。
 取引先をアジア、オセアニア、北米、中近東、ヨーロッパと少しずつ広げ、現在のようにインターネットなどの無い時代でしたので、国際電話や出張訪問などで少しずつ人間関係を広め、信用を築きあげて、取引を広げてきました。その後、海外から別の国へと建設機械を販売するなど、常に新しい分野の開拓を心がけました。基本的な言語は英語ですが、国によってアクセントが違うため、大変苦労しました。また、開業当初は英語の通じにくい国もあり、現地語の習得(タイ語、マレー語など)にも気を使いました。
 平成10年頃に日本で輸入住宅ブームが起き、仙台地域での輸入住宅部材の需要が高まり、夫婦でアメリカやカナダの西海岸をくまなく視察し、ワシントン州シアトルに事務所を構えて日本向けに出荷をするようになりました。それがきっかけで不動産業を開業し、現在はワイフと共に不動産に力を入れて地域のために活動しています。
 また、国際経験を活かし、外国人向けの不動産や海外不動産の分野にも今後力を入れていきたいと考えております。


●大丸 由喜子さん 専務取締役
──独身の頃は東京で、ヨーロッパのアパレルショップを経営していました。
 1983年、グアムヒルトンホテルのクリスマス企画、コンチネンタル航空の協賛で、プールサイド特別ステージにて、D's Collectionというファッションショーを3日間にわたって開催し、日本から連れて行ったモデルと、現地のジョン・ロバート・パワーズのモデルに出演していただき、大盛況だったことは良い思い出です。
 弊社は今年で23年目になります。貿易業なので息子が小さいころは、国際感覚を身につけさせようと、休みのたびに海外出張に連れて行きました。
 以前から、土地や建物を見ることが好きで、土地を購入し貸駐車場にするなど、不動産業への転換のきっかけはその辺にあるのかも知れません。実は他界した祖父が建設業を手広く手掛けており、東松島市(旧矢本町)の公共事業などを数多く受注しておりました。矢本町の滝山公園には祖父が寄贈した千本桜が毎年花を咲かせ、今では町の名所になっており、祖父の名前の入った記念碑も数年前に建てられました。
 私の実家は旅館だったので、料理の勉強をして、調理師の免許を取りました。また、池坊学院に通い、華道の師範の免許も取りました。主人との共通の趣味だった熱気球のクルーとして必要な、無線の免許も取得しました。
 ライオンズクラブでは、宮城県のライオンズクラブ(332-C)初の女性キャビネット副幹事を務めさせていただき、貴重な体験をさせていただきました。その時に体験した東日本大震災では、日本はもとより海外のライオンズクラブからも多くの支援を受け、ライオンズクラブの素晴らしさに深く感銘を受けました。
 震災では、私の実家やアパートなどが津波の被害を受け全壊しましたが、会社では罹災・被災した方々からの住居探しの電話が鳴り止まず、一部の社員は会社に泊まり込みで対応にあたってくれ、限られた食料を社員みんなで分け合うようにして乗り切った時期もありました。
 これからは高齢者の住まいを不動産業の見地から考えております。高齢者がゆったりと暮らせる住まいの実現を目標に、老人ホームや介護施設とはまた一味違う、高齢者が人生を謳歌できるような住まいを目指しています。アメリカの老人福祉施設を数多く視察しましたが、日本に比べ自由に楽しく老後を送っている姿に感銘を受けました。私自身、老人保健施設の評議委員でもあり、最近身近な問題として「老後の健康と過ごし方」に大きな興味を抱いております。基本は毎日の暮らしですので、マンションに、一軒家…など、どんな家に住むか、その選択肢によりライフスタイルは大きく変わってきます。歳をとると身体能力の衰えにより介助やセキュリティーが必要です。そうした老後を見据えた不動産物件を開発し広めていきたいというのが私の理想です。実際、介護する人が楽になるように「介護にやさしい住宅」を東松島市の実家に作りました。私はお客様のニーズにお応えすることを第一に考えています。ありがたいことにお客様からのご紹介のお客様が特に多いですね。
 家族がそれぞれ個性を持ちながらもまとまりがあること、そして何より有能な社員に恵まれたことに感謝の気持ちでいっぱいです。


●大丸 尚人さん 住宅ローンアドバイザー
──幼い頃は父と一緒にいる時間が少なかったかもしれませんが、小学1年生頃、海外から帰国した父を空港まで迎えに行った時に父の姿がとてもかっこよく思ったことが印象に残っております。将来は父のようなビジネスマンになりたいと常に思っていました。
 東北学院高校一年の時アメリカ・シアトルの高校に留学し、卒業後はワシントン大学へ進学しました。その後、ワシントン大学に在籍したまま、将来、父の会社を継ぐにあたり学習院大学に入学し卒業しました。ワシントン大学には現在も在籍中です。
 以前から会社の手伝い(IT関連など)はしておりましたが、本格的に仕事を始めたのは1年ほど前からです。
 今年結婚をしたので、公私ともにさらに頑張っていく所存です。


●大丸 ゆうなさん 東北大学大学院在学中
──尚人さんとは学習院大学在学中に知り合い、卒業後は東北大学大学院国際文化研究科に進学しました。将来は研究者を目指し勉強中です。東京と比べ、自然と都会とが両立している仙台がとても気に入っています。大震災のニュースを聞いたときは東京にいましたが、主人の両親や家族のことが気になり、眠ることができませんでした。
 不動産業や、自身の研究を通じて少しでも震災復興のお役にたてれば、と思いながら日々を過ごしています。

(株)大丸トレーディング
  〒984-0074 仙台市若林区東七番丁22  TEL:022-264-4666 FAX:022-264-4588
  ホームページ:http://FUDOUSAN.info/

   

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道をひらく
編集長

 東北楽天である。日本シリーズ連覇を狙うあの巨人に打ち勝つことを誰が、予想していただろう。日本一である。11月3日、夕方から小雨が降り始めた。優勝と決まった瞬間仙台では60%の視聴率に跳ね上がったという。Kスタ周辺は、歌舞伎町を思わせるほどの2万人以上の人で賑わったという。
 未曽有の災害で何もかも失い、沈んでいる東北の人たちの心に灯した一筋の明かり。強いチームが勝つのならそれは実力かも知れない。しかし、創立9年目にして、仙台のKスタで、巨人対東北楽天が7回戦も戦いをし、勝ったとは…。
 三木谷浩史オーナーは、こうメッセージを地元の新聞に語った。「2011年3月の東日本大震災を機に、イーグルスは単に娯楽としての野球という枠を超え、「人々の希望」という意味合いを、運命的に持つことになりました。東北の地に根差した活動をさらに強化し、被災地の方々に少しでも勇気を届けられるようにしたいと思っています」と。
 スポーツがこれほど心揺さぶることができることを知った。勝利を目指して懸命に努力を続けることの大切さを知った。「見せましょう。東北の底力を」嶋基弘捕手の言葉が甦ってくる。「東北の子供たち、全国の子供たち、被災地のみなさんに勇気を与えた選手を褒めてやってほしい」と星野仙一監督のメッセージである。
 ゼロからのスタートなら、おこがましい例えで恐縮だけれど、わんからっとLにも言えると思う。仙台の地に根差して、人と人とのコミュニケーションを図り、異業種の垣根を越えて、ヒューマン的ネットワークを共有することができるような志を持った新聞のような、マガジンのような起業を目指す地域の情報誌を心掛けて創ってきました。どうして、その仕事をしようとしたのか、きっかけを伺い、迷っている人に勇気や元気をポンと背中を押してあげられるような情報誌にしたかったのです。
 時代に先駆け過ぎていたけれど、17年経った今では、思っていた以上に“起業家”はあちこちに芽生えています。老舗企業も新規事業を図るには、時代の先を読まなければ生き残ってはいかれない時代です。数年前まで、銀行の方に「敢えて女性ばかりの起業家でもないでしょう?」と言われたこともありましたが、今や、老若男女やりたい仕事が生きがいならば、“起業しよう”という動きが自然に考えられるようになってきました。ましてや、女性が起業するための応援する企画商品も銀行は創り出してきています。この新聞マガジン「わんからっとL」で、人の心に勇気を届け、そして共感・共有し合いながら、共に前に進める元気の源を発信することができるなら、私はこの仕事を天職だと思えます。さらに努力を怠らず、全身全霊で編集していきたい。今後とも、「わんからっとL」の変わらぬご支援を心よりお願い申し上げます。

わんからっとL編集長
小泉知加子